はるさんの日記。

初心者です。

結婚式→Riesz の表現定理→bra-ket 記法

この記事は、「日曜数学Advent Calendar 2019」の16日目の記事です。

adventar.org

昨日15日の記事は、onewan さんによる統計検定で学ぶ線形代数でした。

onewan.hatenablog.jp

onewan さんは社会人としてバリバリ活躍されながら、いつも私がやっている数学カフェにも来て勉強していてとても励みになります。この間のSkypeセミナーは、なんと大阪への新幹線移動しながら参加していました!来年もよろしくお願いします。

さてそれでは日曜数学アドベントカレンダー16日目の記事です。勉強中の内容なので、ご指摘あればぜひお願いします!

はじめに

(すみません、texが上手くコンパイルされていないのですがちょっと今時間がないので後ほど直します…わかりにくくて本当にごめんなさい。。。)

ちょうど一ヶ月前の11/16に結婚披露宴をしました。夫と相談の上、2人の思い出といえば関数解析だよね、ということでウェディングケーキに関数解析の重要な定理の一つである Riesz の表現定理を描いて頂きました。2人の初めての共同作業といったらケーキカットより2人で定理の証明だろう!私単射性示すから、あなたは全射性をお願い!みたいなやつ…と思っていたのですが、ちょっとアバンギャルドすぎるし、万一の炎上が怖くて安定した古典的な方法を採用しました。どなたか、ぜひやってみてください。

そしてその披露宴のケーキの写真がこちら。

ちょ、バズっとるやんけ。その節は温かく迎えて頂きありがとうございます。

さて、このアドベントカレンダーは、自分の日曜数学活動に関する記事を書くということで、Twitter でバズった数学の定理ランキング上位に入りそうな Riesz の表現定理とその活用について簡単に書きたいと思います。*1

Riesz の表現定理には様々な活用方法がありますが、私は特にその中で量子力学に用いられている bra-ket 記法を取り上げました。なぜ bra-ket 記法なのかについて、はじめに少しお話したいと思います。

関数解析量子力学

ヒルベルト空間と量子力学(新井朝雄著)」という本がたまたま家にありました。

「ええーっ。あの関数解析に登場するヒルベルト空間の、量子力学への応用があるのかい???」

マスオさんばりに驚いてまえがきを読んでみると、

量子力学の数学的基礎づけに関するフォン ノイマンの記念碑的な仕事以来、量子力学の数理に関わる研究は、関数解析学を数学的道具立ての中心に据える新しい数理物理学の潮流を引き起こし、今日に至っている。

とのこと。現在も研究の余地がまだまだある分野をまとめたものだそうですが、

量子力学の数学的枠組みを公理論的な形で提示

しており、数学が好きな自分にとってはとても興味深く、パラッと読んでみました。まだまだ研究途上の分野でしょうが、現象とヒルベルト空間の対応がとても綺麗で感動します。

自分は日頃数学カフェという勉強会をやっていて、数学関連分野の研究者の方のご講演+予習復習のセミナーのオーガナイズをしているのですが、一見かけ離れていると思われる分野にも関数解析に関連する様々な応用ないしは数学的基礎づけが登場しているため、その一つの応用例を学ぶのは(他分野への応用例との類似を考える上でも)面白そうだなと考えています。

さて、それでは少し詳細に入ってみましょう。

関数解析

そもそも、ここまででよく登場した関数解析とはどのような分野なのでしょうか?

宮寺功先生の著作の「関数解析

関数解析 (ちくま学芸文庫)

関数解析 (ちくま学芸文庫)

のまえがきには、このように紹介されています。

古典的な解析学では、主として個々の関数や方程式の性質を取り扱ってきたのに対し、ここでは関数の集合である関数空間を考え、そこにおいて定義される作用素(関数空間の各要素に他の関数空間の要素を対応させる写像)の性質を位相的方法により研究し、解析学の理論を展開する。

とあります。*2

たとえば、(うまい設定をして)関数同士の和とスカラー倍を考えることで、ベクトル空間として関数の集まりを取り扱うなどのことをします。また、関数の微積分は古くから非常に重要な研究対象ですが、この微積分のような、関数に対して行われる操作も作用素とみなして、その性質がよく研究されています。(ここでは関数と書いていますが、関数以外についても同様の議論をすることも出来ます。説明を簡単にするため関数と書きました。)

ヒルベルト空間

先程、「関数同士の和とスカラー倍を考えることでベクトル空間として関数の集まりを取り扱う」と述べました。更に、このベクトル空間に、要素(ここではベクトル空間に含まれる元としての関数など)同士の内積を定義したものを内積空間といいます。ここで定義された内積を用いて、要素の大きさの一般化に相当するノルムを定めることができ、このノルムで完備になるときヒルベルト空間といいます。(完備がよく分からなくても今回は大丈夫で、なんかいい感じの内積空間なんだなと思って頂ければ。)

空間同士の包含関係はこんなふうになっています。        ヒルベルト空間  \subset 内積空間  \subset ベクトル空間

ヒルベルト空間  \mathscr{H} の係数体(スカラー倍をする時にかけるもの)を K として、K 上のヒルベルト空間などと言います。特に K が実数のときは実ヒルベルト空間、複素数のときは複素ヒルベルト空間といいます。

ヒルベルト空間上の作用素

一般に、ベクトル空間 H のある部分空間 D からベクトル空間 K への写像で線形性を満たすものを H から K への線形作用素といい、これをTとおきます。またこのとき D を T の定義域といい、D(T) と表すこととします。

さて、 \mathscr{H},  \mathscr{K}ヒルベルト空間、Tを  \mathscr{H} から  \mathscr{K} への線形作用素とします。(ヒルベルト空間はベクトル空間です。)

定数 C>0が存在して、Tの定義域  \mathscr{D}(T) に属するすべての元  \phi に対して

 ||T\psi ||<=C||\psi ||

が成り立つとき、T は有界であるといいます。(Tは線形なので有界線形作用素になります。)

 \mathscr{H} を K 上のヒルベルト空間とし、 \mathscr{H} の部分集合から K への写像汎関数といい、 \mathscr{H} から K への有界線形作用素を特に有界線形汎関数といいます。(このとき、係数体 K をヒルベルト空間とみなしています。)

双対空間

 \mathscr{H} 全体を定義域とする有界線形汎関数の全てからなる集合を  \mathscr{H} の双対空間といい  \mathscr{H}* と書くとします。この集合は有界線形汎関数同士の和とKを係数体としたスカラー倍に関して K 上のベクトル空間となります。

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気づいたのですが、ペンパイナッポーアッポーペン有界線形汎関数で踏める。

自己共役作用素

 \mathscr{H},  \mathscr{K} : ヒルベルト空間、 T を  \mathscr{H} から  \mathscr{K} への稠密に定義された作用素とする。このとき、この T に対して以下を満たすものを  D(T*) とする。ただし D(T) を T の定義域とする。

[tex: D(T*) := {\psi \in \mathscr{K}|すべての \phi \in D(T)に対して (\psi, T\phi){\mathscr{K}}=(\eta, \phi){\mathscr{H}} が成り立つような  \eta \in  \mathscr{H} が存在する}]

ただし、[tex: (u, v)_H] はヒルベルト空間 H に定義されている内積のもとでの、[tex: u, v \in H] 同士の内積を表すとします。

このような D(T) は \mathscr{K} の部分空間であり、対応  \psi \mapsto \eta はD(T)から \mathscr{H} への写像を定めるので T \mathscr{H} から  \mathscr{K}作用素となる。(これは線形。)T を T の共役作用素という。

ヒルベルト空間  \mathscr{H} から同じく  \mathscr{H} への稠密に定義された作用素 T について以下を満たすとき、Tは自己共役作用素という。すなわち、

  • すべての \phi \in D(T) に対して  (\phi, T\phi)は実数(これだけを満たすときTは対称作用素という)

  • D(T) = D(T*)

(すみません、時間がなくて解説の図をつけられませんでした…。)

Riesz の表現定理

Riesz の表現定理の主張は以下の通りです。

f:id:haru_negami:20191215232247j:plain
リースの

ケーキの仕様書は以下の通り。

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この定理の証明はここでは割愛しますが、簡単に言うと、

 \mathscr{H}ヒルベルト空間、 \mathscr{H} をその双対空間とすると、各 F \in \mathscr{H} の元に対して、 [tex: \phi{F} \in \mathscr{H}] がただ一つ存在して、[tex: F(\psi)=(\phi{F}, \psi), \psi \in \mathscr{H}] と表され、さらに、 |\phi_{F}| = |F|

ということです。このような \mathscr{H} から \mathscr{H} への同型対応によってこの2つを同一視して、\mathscr{H}の共役空間\mathscr{H}\mathscr{H}と等しい、ということもあります。

関数解析の話はまだまだ沢山あるのですが、Riesz の表現定理をご紹介するに留め、量子力学における bra-ket 記法に移ります。

量子力学

物理の方は関数解析に比較すると殆ど勉強していないので、ここで紹介するのは非常に恐縮なのですが、もし誤りがありましたらお教えください。

ファインマン物理学V 量子力学

ファインマン物理学〈5〉量子力学

ファインマン物理学〈5〉量子力学

において

"量子力学"とは、物質と光の性質を詳細に記述し、特に原始的なスケールにおける現象を記述するもの。

と述べています。電子の挙動を調べる際には、現状で制約があり、たとえば、

"電子がどちらの孔を通り抜けたかを識別すると同時に、その干渉模様を壊してしまうほどには電子を撹乱することのない装置を設計することは不可能"

という制約など、2つ以上の物理量が同時に確定している状態になることはない、ということです。ハイゼンベルグらは、このような人間の実験的能力の限界に関する不確定性原理を提唱しました。実験技術の進歩の後もこの原理の正しさは破られていないそうです。*3

微視的なスケールの現象においては、上記が示すとおり、観測による系の撹乱の寄与が非常に重要になります。(巨視的な系の状態は観測の影響を受けないか無視することができます。)そのため、系の状態と観測可能量(物理量)の2つの観点で捉えることが重要です。この点が古典物理学量子力学の大きな違いとなっています。

状態と観測可能量(物理量)

この節は、「量子論の基礎」を元に進めます。*4

量子論の基本的仮定と枠組み

量子論では以下のように(実験結果に基づく)仮定を置いて理論の枠組みを構築します。ここでは、参考書籍に基づき物理量とは観測可能な量を指すとします。

  1. すべての物理量が各瞬間に決まった値を持つことはない。

  2. 物理量 A の測定とは、観測者が測定値を一つ得る行為である。得られる測定値 a の値は同じ物理状態について測定しても一般には測定の都度ばらつくが、その確率分布 {P(a)} は A と  \psi から一意的に定まるものとする。

  3. 任意の物理量の測定値の確率分布を与えるものを物理状態とする。すなわち物理状態  \psi とは、各物理量 A から観測値の確率分布 {P(a)} への写像である。(以下、単に状態と書く。)

  4. 系が時間発展するとは、測定を行った時刻によって異なる {P(a)} が得られることを指す。*5

更に、いくつかの実験的事実から、状態の集合はヒルベルト空間とみなすことができ、物理量はこのヒルベルト空間上の自己共役作用素であると考えることでとても良い性質を導くことが出来ます(物理量を表す作用素固有値が実数になるなど)。(そうでないような量子系を考えることも出来ます。)

少し混乱したので、以下のように図にまとめてみました。(誤りがあればぜひ教えて下さい!)

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量子力学においては、状態を表すベクトル*6Dirac が導入した bra-ket 記法と呼ばれる方法で表します。

 \psi を状態とすると、このベクトルは ket 記号を用いて  |\psi> と表されます。 この状態に対して与えられる作用を行列  \hat{A} とすると状態への作用は  \hat{A}|\psi> また別の状態  \phi との内積を計算する操作を表す bra 記号というものを用いて <φ|ψ> と表されます。

 \psi \phi はどちらも状態であるはずですが、なぜわざわざ、片方だけを状態と決めて ket で表し、もう一つのほうを内積を作るという操作として bra で表すのでしょうか?

Amazon 探索で取材班が見たもの

その謎を探るため、我々取材班は Amazon.com で検索して買った色んな本を読み漁って考えました。

ファインマンの物理学(量子力学)の方を読んでいると、<観測後の状態|A(何らかの観測)観測前の状態>という説明がなされていました。歴史的経緯についての調査がまだ十分でなく、ここにおいてファインマン演算子形式の量子力学の立場をとってこの記号を用いているのかは定かではありません。(演算子の章は第20章と最後の最後の方に補足的に書かれており、現代の表記の意義との対応を確認していません。)しかし、少なくともファインマンは上記のように bra-ket 記法を用いて、観測前と観測後の状態を明示的に分ける意図が込められていたということがわかります。さらに、状態に物理量を作用させて新しい状態を得る式 |\phi> = \widehat{A} |\psi> だけでも意味のあるものにはなるが、この式は、<x| のようなbra を作用させることによって初めて実数値 <x|  \widehat{A} |ψ> が得られて完成される、"未完"のものであることを示す意図もあると示唆されています。(p.139)

上記のことから、(繰り返しになりますが)2つの状態の内積を取る操作を bra-ket 記法を用いて考えるにしても、観測前後であることをそれぞれ明示する意図と、観測前→何らかの物理量(&観測)→観測後の状態のどこの段階にあるかを明示する意図があったのではないかと今の所考えています。

さて、では、観測前の状態→観測後の状態の違いを明示したいという意図でこの記法を採用しているとここでは仮に認めるとして、(観測後の)状態であるはずのものを「内積を取るという操作」に変えてしまっても本当に良いのでしょうか??(状態と内積を取る操作の間には1:1の対応が取れているのでしょうか。)内積を取る、という操作は状態とは異なるもののはずです。またその後、ブラとケットを適当に入れ替えて多くの関係式を得ていますがこのような入れ替えはwell-definedなのでしょうか。

さて、実は、ここに Riesz の表現定理の具体例が出現しています。

Riesz の表現定理の主張を振り返ってみます。

f:id:haru_negami:20191215232247j:plain しつこいか。

 \mathscr{H}ヒルベルト空間、 \mathscr{H} をその双対空間とすると、各 F \in \mathscr{H}の元に対して、 [tex: \phi{F} \in \mathscr{H}] がただ一つ存在して、[tex: F(\psi)=(\phi{F}, \psi), \psi \in \mathscr{H}] と表され、さらに、 |\phi_{F}| = |F| (すみません、ここもちょっと今時間がないので後ほど直します…。) ここで一旦簡単のため、状態のなすヒルベルト空間を有限次元であるとします。

突然のFact 有限次元のヒルベルト空間 H から有限次元のヒルベルト空間 K への線形作用素有界

つまり、このとき、状態のベクトルに対して、ある(ここでは状態のベクトルとは呼ばない) bra 記法で表される操作を施し内積を得る写像有界線形汎関数であるとみなせるため、その bra 記法から一意に状態のベクトルを定めてその2つのベクトルの内積を取るという操作と同一視できる、ということが Riesz の表現定理から保証されます。

無限次元の場合は、線形であるということだけからは有界性は導けず、コーシー・シュワルツを使うと良さそう…だけどまだ証明出来ていない、おおどうしようと思ったところで締め切りである16日の朝(9時)を迎えてしまいました…。もう月曜数学じゃないか。無限次元の場合については今後の課題としたいと思います。

勉強していたことが意外なところで登場すると面白いですね!これからも日曜数学を続けたいと思います。

参考文献

上に載っていない参考文献としては、次のものがあります。ご参考になりましたら幸いです。

関数解析 共立数学講座 (15)

関数解析 共立数学講座 (15)

現代の量子力学(上) 第2版 (物理学叢書)

現代の量子力学(上) 第2版 (物理学叢書)

また、新装 量子論の基礎は結婚披露宴の時に数学仲間の方にプレゼントして頂きました!とてもいい本で、細かい注意書きも勉強になることばかりでしたので本当に嬉しいです!ありがとうございます。

明日のアドベントカレンダー微分加群がテーマだそうです。楽しみです!

adventar.org

*1:披露宴は土曜日でしたが、日曜数学会あるある(土曜日に開催)ですね。

*2:新井仁之先生によるこの本の解説も、今後勉強する上でとても参考になり、面白いのでもしよければ御覧ください。www.webchikuma.jp

*3:不確定性原理は様々な研究者が様々な実験に基づき提唱していますが詳細は量子論の基礎を御覧ください。

*4:ここでは、演算子形式の量子力学の中でもシュレディンガー描像と呼ばれる形式を採用するものとします。

*5:{P(a)} は A と  \psi によって定まりますが、Aが時間変化せず  \psi が時間変化すると考えて時間発展を定式化したものをシュレディンガー描像といい、今回はこの立場を採用します。

*6:ヒルベルト空間はベクトル空間なので、その元である状態のこともベクトルと呼ぶ事が多いようです。